自由闊達な議論の出来る企業風土

しがらみ人事について

本サイトの7月3日の記事で、日本通運が「国内物流のしがらみを断ち切って成長力を取り戻した」ことについて縷々述べましたが、一般に「しがらみ」は人事においても生じ、それが今般の東芝不正会計問題を引き起こした一要因とも見ることができるようです。

退任する社長が自身の経営方針維持に拘るということ

西田社長(当時)は、自らが仕掛けたウェスティングハウス社買収という大型M&Aで活躍した佐々木氏を自分の後継者にしました。買収時は39基の原子炉受注を見込んでいましたし、その実現を目指して会社の成長路線が維持されれば、自らの経団連会長就任に一歩でも近づくのに資すると思ったのでしょう。しかし、佐々木社長(当時)が成長戦略を変更する気配を見せると、再度社長人事に介入し、自身の成長路線を踏襲する田中氏を社長に就任させました。
自分の経営方針を踏襲してくれそうな人物を後継者に指名するのは、なんら問題ないようですが、まず、一旦後継者を選んだ後で、自分の方針に沿っていないとわかると、自身の任命責任も問われることなく、自身の方針を継続してくれる他の人物を指名し直すというのは、自身の経団連会長就任というしがらみに基づいた人事と言わざるを得ません。

後継者選びと企業風土

上司の意向に逆らえない企業風土での後継者

後継者に引き継ぐに際して、「自分の経営した期間に発生しているかも知れない問題があれば正して欲しい」というような態度で臨んでいれば、一時的には、自分が進めてきた路線を、ある意味で否定されることがあるかも知れませんが、問題の芽が小さなうちに摘み取られ、ここまで大きな問題にならなかったかも知れません。ただ、週刊誌情報によれば、西田氏は「意見する部下を次々に左遷」していたようなので、そのような期待はできなかったでしょうし、そうであればこそ「上司の意向に逆らえない企業風土」が醸成されたのでしょう。もともと学者を目指していたといわれる頭のきれる西田氏に議論を挑んでも、コテンパンに論破されるのがオチでしょうし、果敢にも意見した部下の末路を見れば、逆らう気力も湧いてこないでしょう。そして、結果的には、後継者として自らと同じタイプの人物、または少なくとも任命当初はそう思われた人物を選択し、その後継者のもとでも引き継がれた、「上司の意向に逆らえない企業風土」の中で、成長路線という同じ経営方針を、三代10年間にわたって続けることになり、その誤謬を質す機会を失ったと言えるのでしょう。

自由闊達な議論ができる企業風土での後継者

後継者選びについては、経済同友会の小林氏が「トップ選びは自分にないものがある人を選ぶ」「(会長と社長が) 補完する関係でないと、どうしても張り合ってしまう」(日経新聞電子版7/22 付け)と言っていますが、参考に値すると思われます。
社長のミッションとして、短期的な利益を細かくフォローするのではなく、また前任者の経営方針を墨守するというのではなく、「企業の方向づけ」を重視するという観点から思い出されるのは、西田氏の前任の社長、岡村氏(現日本商工会議所名誉会頭)が東芝の社長であった時のエピソードです。2000年6月に社長に就任した岡村社長(当時)は、2001年12月に不採算事業からの撤退を始めました。その中に、当時の西室会長がその出身母体とする半導体部門の事業の一つである汎用メモリー事業から撤退し、アメリカの企業に売却すると決定したことがありました。決定後、岡村社長(当時)は西室会長(当時)に、あいさつをしに行ったという報道がありました。これなどを見ても、西室氏の最近の発言にありますように、同氏が社長時代に「闊達に議論できるよう改革を進めた」結果だったと言えるでしょう。岡村氏の挨拶に対して、西室氏は、仕方がないというような大人の対応でした。もともと西室氏はネットの記事によりますと「残しておいても黒字化するメドがない事業を売却することは、業績改善のみならず、危機意識の醸成にもつながる」と考えるような人なので、後継者も客観的な経営判断ができたように思われます。

自由闊達な議論の出来る企業風土の醸成が重要

以上、メーカーとサービス業の違いはあるものの、貨物利用運送業や実運送業に携わっておられる皆さんに、ツートップの会長と社長は互いに補完する関係を作るために、トップ選びは前任者が自分にないものがある人を選ぶという方法や、上司に逆らえない企業風土ではなく、自由闊達な議論のできる風土の醸成こそが重要、ということが参考になれば幸いです。